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中国 水路をめぐる旅(4) 後記

今回の旅行の一番の印象は「ビールを沢山飲んだ」こと。
旅行中、参加グループの人達と仲良くなり、1泊目を除く3晩、夜毎の宴会をホテルの部屋で行い、愉快な時間を過ごしました。
日本のビールよりはるかに頼りなく、味の薄い「青島ビール」は、いくら飲んでも酔いもなく、
バス旅の疲れを癒す清涼剤としてピッタリの飲み物でした。
値段もコンビニで350mm缶は3元(40円)、600mmの瓶ビールは5.8元(75円)位でめちゃ安です。

旅行写真を組み合わせました

実はこの旅行もめちゃ安でした。
飛行機は去年関空~無錫間を開航した深圳航空、無錫からバスで150km走り上海で2泊、
そして蘇州で2泊、計4泊5日の中国の旅。
めちゃ安の理由は、中国側の旅行社が国内の旅行費用を全て負担し、真珠や絹布団、工芸品等の工場やお店を案内してツアーの費用を捻出しています。
各お店や企業が来客を条件にスポンサーとなり、観光や食事の費用を受け持っているようです。
売れることをアテにして、でも、売れても売れなくても!商売、商売!不確かな 投資です。
蘇州のスポンサーは、販売工場の中に旅行者用のレストランを用意し、外注せず、システマチックな運営をしていました、時間とお金の節約、全く感心します。

残念なことに今回のツアーは「旅なれた人々」が多く、みなさん大きな買い物はしませんでした。
添乗員がマイクで少し嘆いていました。「みなさん、少しは考えて下さいよ……!!」

しかし、中国の旅行社も「旅なれた人々」に日本人のニーズから離れた物ばかり売るのではなく、
気に入った観光ポイントをぶらつける自由時間を売ってくれれば有り難いと思います。
今回「田子坊」という元フランス租界に連れてくれましたが、30分しか時間がありません。
上海のプチSOHOとして人気のある場所で、素敵なスポットなのに惜しい限りです。
例えばここの自由時間を3時間、3000円位で売ってくれれば喜んで買うのに......
ちょっと発想を変えてくれれば旅が楽しくなるのになぁ! と考えたりもしました。

何はともあれ5日間、お腹も壊さず、楽しい旅行でした。
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中国 水路をめぐる旅(3) 蘇洲運河

蘇州は運河の街。
両岸に白壁の古い家屋が連なり、太鼓橋を小舟でくぐる。
縦横に走る小さな運河にも舳先を向け、のどかで静かな運河の街の遊覧。
何と素敵な風景であろうか!

一青窈 : 蘇州夜曲

しかし、現実は少し違いました。
私の参加したナイトクルーズのコースは、運河の両岸はライトアップされ、
建物のアウトラインがLEDで電飾され、けばけばしく趣に欠け、
余りに汚い場所は水路案内のライトのみで真っ暗、古い歴史が匂ってこない風景でした。
蘇州でも遊覧場所やコースの違いで素晴らしい運河の風景や一幅の絵になるような
自然な趣きのある場所が沢山残っていると聞きます。
中国の人も時間と共に鄙びて朽ちていく運河や建物の素朴な表情を、
悠久でありながらすえたような匂いを、もう少しうまく演出して欲しいなぁ!と思いました。
でも素晴らしいところも沢山残っています。
場所によっては、出来るだけ遠くから眺めましょう!

中国 水路をめぐる旅(2) 無錫 太湖遊覧

霧のため太湖の遊覧中止が危ぶまれ、急遽蘇州観光の日程と変更されました。
旅行社も乙なことをするなぁ!と感心していると、
無錫で待っていたのは国生さゆりを細っそりしたような超美人ガイドさん、
これにも再び感心しました。

尾形大作 : 無錫旅情
※無錫旅情は1986年のリリースです

無錫の説明で、尾形大作の演歌「無錫旅情」を語りますが誰もメロディーを知りません。
仕方なく彼女がアカペラで歌うと、声も綺麗で歌も上手、拍手ものですが皆んな
微かに覚えているか、全く知らない歌でした。もう日本では忘れ去られています。
次に太湖遊覧のため連れていかれたのは「三国城」。
映画レッドクリフやテレビの三国志のために作られた大掛かりな映画セット。
撮影終了後壊さずに保存し、現在はテーマパークになっています。
※太湖は三国志と全く関係はありません! 映画のロケ地になっただけ。
太湖遊覧の出発地は映画レッドクリフ(赤壁の戦い)に登場した水辺、
「呉」の船に乗せられての遊覧です。(太湖には多くの遊覧場所があり、船の形も違うようです)
船は走るも太湖の景色は全体に霧がかかったようで、遠くの景色など殆どはっきり見えません。
天候のせいか、中国共通の特徴なのか! 
ここ無錫も、太陽や雲、遥か向こうの鮮やかな景色とは無縁の場所でした。

中国 水路をめぐる旅(1) 黄浦江と外灘

2月21日より4泊5日で中国へ行って来ました。
今回のテーマは「水路をめぐる旅」
上海(長江に流れ込む黄浦江)、無錫(太湖)、蘇州(運河)の水路を遊覧船でクルージング。


動画は日中友好のため、今はもう、ほんの断片しか浮かばない、古い懐かしい演歌と共に、旅行写真等を利用して各地のイメージを作ってみました。
画像容量の制約が500KBのため充分な加工が困難でした......(短く全てを凝縮する、俳句は凄いものです)

石原裕次郎 : 夜霧のブルース

※歌詞「夢の四馬路(スマロ)か…」は馬が通れる大きな路、つまり大通り、
上海では「一馬路、ニ馬路、三馬路….」という大通りがあるようです。

旧日本人租界地、虹口(ホンキュ)地区にあるホテルに2泊し、初日の夜は上海雑技団、
2日目の夜が黄浦江ナイトクルーズに参加。しかし、雨。
ガイド曰く、雨が降って空気が洗われ、ビルの上層まで見えるようになってラッキーですね!と。
とにかく昼間はスモッグか何かで全ての建物が霞んでいたのが、
スポットライトを浴びた外灘の歴史的建造物や
色彩豊かな採光を放つ近代高層ビル群が両岸にはっきり見えます。
綺麗というか、凄いというか、実に見応えのある夜景です。
船は満員、日本人や中国人、韓国人で一杯。雨のため屋内に残っている人も居ますが、
カメラマンは屋上で一斉に撮影会。
黄浦江を折り返すショートコースですが、一時間弱の遊覧はお勧めです。

小泉川 ゴミ清掃

2月16日、ハイカー仲間では有名な立石橋、小泉川のゴミ清掃に行きました。
発端は、私が所属するNPOのSさんの提案で「何とかしようや!」の一声で始まり、
当日は15名の会員が参加、その他事前準備も多くの人出がかかっています。

皆さん ご苦労様でした!

場所は西山古道を柳谷⇒立石橋へと歩く終了地点。
里山歩きの人々が落ち葉を踏み込み、ひなびた自然道の終点に近づいた時、毎回、立石橋の手前で目にするのが発泡スチロールの白い塊と、古い竹、流木が混ざり合ったゴミの山。
澄み渡る山の空気と樹々の香りに包まれて、里山歩きを満喫した直ぐ後に「ゴミの山」が姿を表すのです。しかも3箇所。
この光景は誰もが、どのハイカーも毎回目にしながら、目を背けてきた光景です。
我々も行政がやるべきことと割り切っていたのですが、やってくれません。
道から10mもある崖下に下り、多大なゴミを袋に詰めて持って上がるという作業は危険が伴ない体が引いてしまいます。
今回「何とかしようや!」の一声がマイナス感情を払拭し、具体的に対策、対応を考え実行に移りました。
河原で廃竹は燃やし、流木や落ち葉の塊は脇に積み上げ、ゴミは袋に! 
出るわ出るわ、ペットボトルや靴、草履、車のタイヤ、バイクのプラスチックカバー、冷蔵庫の扉のようなもの、それに発泡スチロールの箱や断片等々、こんなものまで……。
山中で放ったゴミも雨水で流され、全て下流に集まっています。

ありがたいもので、当日ハイクの人々が数組、清掃作業を見つけ、中腹に置いていたゴミ袋を上まで運び出してくれました。日本も捨てたものではありません。
作業は多人数の成果が出てこの日で完了、気持ちの良い一日でした。
しかし、帰って直ぐにお風呂に入りました。

「花パソ」でマージャン教室

11日(土)は、Bさん達のグループに入れてもらって、
山城多賀駅→山城フルーツライン経由→龍王の滝→万灯呂山展望台→大正池→玉津岡神社→小町塚→JR玉水駅 というコースを5時間ほど歩きました。
月一回、「花パソ」での麻雀教室

12日(日)は、再びBさん達のグループのお世話になりマージャン教室に参加です。
毎月一回、日曜が休業日のNPO法人「花パソ」の教室を借りて、パソコン教室の生徒さんや散策仲間の皆さんが集まって、麻雀大王の異名をとる指導員の指導のもと、初心者組とベテラン組の2卓でゲームをします。
参加者は少しだけ年をとった男女です。時間は朝10時から15時位迄、参加費は1000円。
ゲームは全員の成績表から1位、2位、3位、ブービー賞にクオカードが当たります。

教えて貰って、一日遊んで、お昼の軽食とおやつ袋、コーヒーがでます。
信じられないサービスです。吃驚します。でも麻雀は負けました
これは、花パソのB先生(実はBさんの奥さん)ご夫婦のご好意によって運営されています。有難うございます。
(今回は概略のご紹介のみです)

※「花パソ」 ・高齢者などの特性に配慮したオリジナルなテキストと練習ソフトを使ってパソコン
         の学習をします。
        ・学習したことを次回講習で復習し、確実に身につけていくことができます。

ポンポン山

寒い寒いと思い過ぎ、巣ごもりが祟って体のあちこちが傷んでいます。完全に運動不足です。
勇気を出して、昨日は寒い中、いつものメンバーでポンポン山へ行きました。

今回は少し動画を大きくしてみまました

外気は低くも空は青く陽光がさし、山歩きには絶好のコンディション。
しかし歩くほどに、先日来の寒さで山道には雪が残り、小さな瀧は凍り、時折吹く風が樹々につく雪を散らし、まるで小雪降る冬山を歩いているようなロマンチック風景でした。

歩きながら私は2年前の事を思い出していました。
私が山を歩き出したのはリタイヤした年の夏からで、NPOのHさんの手ほどきです。
Hさんは長時間歩くことが無かった私を天王山へ誘い、飽きささず、毎回コースを変えながら山歩きの楽しさとイロハを教えてくれました。
その後、ベテランのSさんが加わり、Hさんと一緒に天王山からポンポン山、愛宕山、六甲山等々、北アルプスへと誘って鍛えてくれました。
もう何回、彼らと山を歩いたことでしょう。
有り難いことに、お二人のお陰で今回の山歩きも、私にとってはハイキングの感覚で歩けました。
お二人に改めて感謝です。

映画「おかあさん」 成瀬巳喜男

寒さと雨が重なり、またも外へ出ていかずNHK BSの映画を観てしまいました。
山田洋次100選の「おかあさん」成瀬巳喜男監督の作品です。(1952年上映)

香川京子は素晴らしかった!

父、母、長男、長女、次女そして母妹の息子を預かる6人家族。
戦後ようやくクリーニング屋を再開した福原家。しかし長男と父が相次いで亡くなり、父の弟子が店を手伝だうも、母は女手ひとつで店を切り盛りすることになった。
生活苦から次女が親戚の養女に、甥もやがて余裕のできた母妹ひきとられる。父の弟子も自分の店を持つために出て行った。
残されたのは母(田中絹代)と長女の年子(香川京子)、それに新しい小僧、長女も近所からお嫁にと請われている。

映画はその後を描きません。
私は小津安二郎が描く家族の崩壊….が、この映画と少しダブりました。
家族間の微妙な心理の綾を繊細に描きつつ、次々と家族に訪れる不幸事が母にのしかかり、周りや母が努力すればするほど、家族が一人づつ居なくなっていく風景に戸惑いました。
この映画は香川京子の好演で成り立っています。
あの初々しさと茶目っ気、明るさ、家族への思いやりが全編に流れます。
母(田中絹代)だけなら暗くなって、観る側が辛いです。
最後に年子(香川京子)が語るナレーション、「おかあさん、私の大好きなおかあさん、貴方は本当に幸せなのでしょうか......」という言葉が長く耳に残りました。

今野 敏 「化合」

妻が図書館に予約してから、長い長い時間の果てに我が家に到着しました。
人気作家今野敏の本は図書館では大行列が出来ます。

化合  
  筋立ては
  警察の捜査過程で冤罪が出来上がる実例を詳細に
  描いています。
  刑事と検事との確執や軋轢、現場捜査の刑事間の
  確執と信頼、 鑑識の科学性とプライド。
  警察小説を書かせると超一級の今野敏の作品です。

  しかし、今回も少し期待を裏切られました。最近彼の
  不振が続きます。
  今回は画像のみです

本来の今野敏は登場人物個々のキャラクターを細かく巧くみに描く作家です。
読み進むうちに小説空間が奇妙に膨らみ、重厚感と面白み、読む側にゾクッとするような快感を与えてくれました。
しかし、今回の作品にもそれがみられません。
他の作家がこの本を書いたのであれば、テーマも素材の扱いもよく、こんなものでしょう!という評価になるのでしょう。

こちらの期待し過ぎか、今野敏にしては薄ぺらさが残る作品でした。

愛犬 二十面相

昨日は節分祭、我が家は毎年この日になると可愛い鬼が現れます。

頑張る愛犬

山仲間と久しぶりに里山歩きに出かけました。寒い日でしたが風はなく、お日様が照って歩きやすい天候でした。
ルートは
阪急長岡駅 ⇒ 小倉神社 ⇒ 小倉神社分岐 ⇒ 十方山経由水無瀬の滝 ⇒ 若山神社⇒ 太閤道 ⇒ 金龍寺跡 ⇒ 磐手橋バス停 ⇒ 阪急高槻駅(高槻市バス)⇒ 阪急長岡駅

この間からの寒さで雪があるかも知れないと思い、アイゼンを持参したのですが全く雪はなく、風もなく、極上のコンディションでした。
ただ運動不足のため太ももが怠くなったり、呼吸が荒くなる場面もありましたが、久々の山歩きは爽快でいいものした。
歩いてゆくと、太閤道 ⇒ 金龍寺跡の途中に左右の分岐があり左の道は「悠久の丘」という表示。我々は以前から、「悠久の丘」ルートは単に丘への寄り道コースで金龍寺跡ヘの道に合流するものだと思っており、歩かなかったのですが、今回このルートにトライしてみました。
すると、何という事でしょう!
この道は金龍寺跡ヘは合流せず、6364区画の墓所と納骨堂のある高槻市の公園墓地だったのです。
「悠久の丘」とは、素晴らしい眺望が楽しめる高槻市の公園墓地だったのです!!
我々は磐手橋バス停に向かうべく、近道を取って(?)墓地の中の階段を降りました。宗派を問わない墓地というのは色々な姿形の墓石が立っており、感心したのは80cm角位の平板墓石に
北アルプス、槍ヶ岳の風景が彫り込まれているお墓でした。すると誰かが「凄いなぁ、故人は山好の人なんだ」「自分もこんなお墓を作りたいなあ!」「早よ、入りたいなあ……」とつぶやいたので、びっくりして、顔を見合わせ、早々にバス停へと向かいました。

安城家の舞踏会 原節子

BSテレビの映画「安城家の舞踏会」を見ました。
吉村公三郎監督の代表作。戦後没落した華族の終末を描き、最後を飾る舞踏会が開かれる話です。

素材が少なすぎました

この映画は、純西洋式の豪邸で日本には殆ど見られないクラッシクな西洋舞踏会を開くという趣向がいかにも日本ばなれしたバタ臭いものだった。
あえて徹底的に西洋臭い風俗やマナーに挑戦し、気障っぽい身振りの大きなテクニックを総動員して、それなりに鮮やかな成果を収めている。
日本趣味の否定という事も時代の要請の一つだったのである。
新藤兼人の脚本を得て、決定的な名声を確立する。(佐藤忠男評)

果たして決定的な名声を確立する作品だったのか、現在の感覚から見れば疑問です。
映画全体が昔の新劇の舞台のようで白々しさが残リ、40年前の作品なんだな….と感じました。
舞踏会に登場する人々も華族の華やかさはなく貧相で、女性も美人とは言いがたい方々が多く違和感が漂う世界でした。
唯、救いとして、個々の人物は丁寧に描かれており、本当に新劇を観ているようでした。

私は原節子が好きで『東京物語』『晩春』『麦秋』等、小津安二郎監督とのコラボ作品をDVDで観てそれなりにファンになった時があり、彼女が47歳で引退(1962年に引退)された後、どうされているのか調べてみたことがありました。(3年位前の話です)

結果「引退後、親戚の方と一緒に鎌倉に住んでいたが、親戚の方(甥?)が亡くなり一人になって、今は東京の有料老人ホームに入って居られるとか。持っていた土地を売って費用を充当した。」という記事が最新でした。
当時で原節子さんは 90歳手前位 でしょうか。

独身で長生きするのも大変です。

Appendix

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kinoko

Author:kinoko
60歳を越えてFlash動画に興味を持ち、好きな読書や映画の感想と
自作動画をコラボしてみました。
(画像サイズ500KBまでの制約はきついです........)

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